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ミハエル・クルム /Michael Krumm(1970年3月19日)は、知る人ぞ知る偉大なレーシングカー・ドライバーの一人です。




一口にレーシングカー・ドライバーといってもピンと来ない方もいると思われますので、先ずはどんなレーシングカー・ドライバーなのかをご紹介したいと思います。
彼は1970年にドイツで生まれ、1988年にドイツ国内選手権のフォーミュラ・フォードでレーシングカー・ドライバーとしてデビューしました。
1989年、参戦2年目にしてシリーズチャンピオンを獲得しました。
1990年にはドイツ国内選手権のフォーミュラ・オペル・ロータスシリーズでチャンピオンを獲得。
1994年に戦いの場を日本に移し、全日本F3選手権でシリーズチャンピオンとなりました。
1997年の全日本GT選手権では、後にF1ドライバーに昇格したペドロ・デ・ラ・ロサとのコンビでシリーズチャンピオンを獲得。
順調にステップアップしたミハエル・クルムは、1998年ル・マン24時間レースにGT1クラスにエントリーし、ジョン・ニールセン、1994年にLigierリジェ/ルノーからJS39BでF1日本GPに参戦したフランク・ラゴルス(Franck Lagorce)とチームを組んでNISSAN R390 GT1を駆り、総合5位に入賞。
この時、本来ミハエル・クルムはこのチームの正式メンバーではなかったそうです。
本来決定されていたメンバーの一人にアクシデントがあり、ミハエル・クルムは急遽このチームに合流する事になりました。



NISSAN R390 GT1


2002年にはル・マン24時間レースではアウディ・スポーツチーム・ヨースからLMP900クラスにエントリーし、マルコ・ヴェルナー、フィリップ・ピーターとアウディ・R8を駆り、総合3位に入賞。
2003年、XANAVI NISMO GT-R (BNR34/VQ30DETT)で本山哲とのコンビで2度目のシリーズチャンピオンを獲得。





2009年から2011年かけてはNISMO NISSAN GT-RでFIA GT選手権、FIA GT1 世界選手権に参戦し、2011年にルーカス・ルーアとのコンビでJR Motorsport #23 NISSAN GT-Rを駆り、シリーズチャンピオンを獲得。





2013年、グリーブス・モータースポーツからヤン・マーデンボロー、ルーカス・オルドネスと、ザイテック・Z11SN―日産で、LMP2クラスで3位、総合9位。




2013年9月30日に、日産GT-RのNISMOモデルでニュルブルクリンク(北コース)を7分08秒679で周回し、量産市販車としての世界最速の記録を更新。
ミハエル・クルムはこうした経歴を持つ日本在住のレーシングカー・ドライバーです。






SPECIALIST INTERVIEW

プロのレーシングドライバーであるミハエル・クルムさんに、インタビューする機会を得ました。
もちろん聞きたいのは旅に関することでした。
しかし彼はバイク乗りでもあり、トライアンフ製バイクを愛車としています。
そこで旅のこと、バイクのこと、レースのことにも触れながら長時間のインタビューが実現しました。
本来の意図とは変わってしまいましたが、その話の内容をとくとご覧いただきたいと思います。
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